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【アラベスク】  第8章 荊の城



第2節 鰯のそらと蝉のかぜ [1]




 ドンッ と、背中に強い衝撃を感じ、涼木(すずき)聖翼人(えんじぇる)=ツバサはよろめく。なんとか下駄箱で身を支え、振り返る先には二人の女子生徒。
 一人が肩越しにチラリと振り返り、肩に落ちる髪を大げさに片手で振り上げ、背を向けた。
 やれやれ
 同じクラスの女子生徒だ。親はツバサと同じ医者。ツバサの親が院長を勤める病院とは別。対立はしていないようだが…
 親のライバル心が、子にも伝染したのだろうか?
 ホッとため息。
「何だ? 今の?」
 うんざりと息を吐いたところだったので、背後の気配には気づかなかった。やや驚いたように振り向くツバサに、(つた)康煕(こうき)=コウの方が目を丸くする。
「あっ と」
 少し垂れた瞳を小さく揺らし、申し訳なさそうに右手を後頭部へ。
「わりぃ 驚かせたか?」
「あぁ そんなコトないない」
 慌てて両手を振ってみせる。
「あっ でもちょっと驚いたかも」
「悪かったな」
「いいよ、別に」
 言いながら靴を取り出す。コウの手にはすでに自分の靴が。
「あれ? 帰るの?」
 今日は確か部活の日だ。
 コウ以外はほとんど幽霊部員なため、練習らしい練習もできない。だが学校から体育館のコートを割り当ててもらっている日は、コウは必ずバスケをしてから帰る。
 怪訝に首を傾げるツバサへ、軽く呆れ顔。
「またそれ聞く?」
 しばらくの後、口を開いたのはツバサ。
「あっ そうだった」
 十月の初めに行われる唐渓祭。その準備のため、体育館は使用できない。
「どこのクラスが使ってんの?」
「三年だったか? 歌ってる声が聞こえてきたな」
「ステージだけなら、コートは別にいいじゃん」
「客席からの見栄(みば)えとか、いろいろ凝ってるらしいからな。当日はどっかのおエラい来賓とかにも聞かせるって。まっ バスケよか大切な行事ってワケよ」
「どっちが大事かなんて、優劣つけられる?」
「まぁ 唐渓祭は十月っていう期限があるワケだから」
 別に腹を立てるでもなく肩を竦める。
「それに…」
 と、話を続けるコウ。
 普段はこんなに穏やかで、だからあんなふうに見境失くしちゃうなんて想像できない。
 ツバサに対するイジメなんて、ホント他愛ない。イジメでもなんでもないと本人は思っている。
 なのにコウは勝手に思い込んで…
 今思い出すと、笑える。
 脅された金本聡にしてみれば、笑い事ではないだろう。だが思い出すと、笑ってしまう。
 笑ってしまうけど…

「護れなかった」

 ツバサの心にズシンと重い。重い一言。







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